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4モンスーンの季節

4 モンスーンの季節

Abstract

 

風に吹かれているだけで、運命の糸はからみあう。

 

小学校さいごの冬休み直前に起こった、
同級生・高岡由樹子の失踪事件。
幼なじみ・村治貴子と江戸川の河川敷にいたわたしは、
強風に飛ばされてきたハンカチを手にする。

鮮やかに浮かびあがる、モノに籠められた記憶。
それは、もうひとりの「たかちゃん」の遺留品だった。

あつかいに困った二人は、
鋭敏な感覚をそなえた「にたもの同士」である
転校生・篠原祐真の住むマンションをたずねてゆく。

深入りを避けようとするも
次々と明らかになる、避けがたい縁(えにし)のあかし。
由樹子の居場所を突きとめるべく
急造の探偵団を結成した三人は、
冬晴れの浅草へと向かう…。

季節の変わりめに吹くモンスーン。
運命のあやなす、思いがけない出逢いと別れ。
ちょっと懐かしい下町で展開する、ピュアサイキックミステリー。

 

Fragments

 

1 あちらのおともだち
小川のほとり。きょうも、未明に待っている。風雅にすぼまった蕾。もの想いにも飽きたころ、はじまりの兆し。悠久の時によりそうてひらいてゆくほの暗い紫のラッパ、みなしごのほほえみに耳を寄せる。聞こえてくる、対岸の別荘からのようなピアノ。きのう、あの子が弾いていた。ショパン。

 

2 ひとりきりのはじまり
やさしい嘘って、何?はがゆい疾走。この十字路を右だ。右から左へけたたましく通過。たかちゃん!車窓からお別れ。縮まってゆくトラックの背、手の平にのせる。震えるくらい握りしめ、ひらけば無傷で指の先。無音の左折。もう五分早く、かけだしていたら。泣いてたね。でも、ゆるさない。

 

3 ふざいのゆうめいじん
チャイムをしのぐガヤガヤ。穏やかに待つ川岸先生。着席が伝染、凪へ向かってゆく水面。はい、聴いて下さい。訓戒。宿題。通知表。再びガヤガヤ。水をさす〆の言葉。一組の高岡さんのことは聞いてるね。飛び交う視線。冬休み中はくれぐれも、危険な真似はしないように。鳴り響くチャイム。

 

4 ぶきようなてがみ
金属バットの快音。ぽかぽか河川敷。ファンタで乾杯。グレープとオレンジ。おつまみは駄菓子。甘いの・辛いの・甘いの・辛いの。寒〜!風、強いね。あれ何?飛ばされてくる赤いハンケチ。かけ下る斜面。まち構えて、キャッチ。開いている、助手席のドア。乗りこむとき、ポッケから落ちた。

 

5 うろんなさくせんかいぎ
きれいだね。高岡さんのだよ。風の中のお見合い。視えたの?うん。この近くなんだ。高級そうな車、男のひとも。やっぱり誘拐!そうかな。えっ。いやな気はしてないよ、あの子。だまされたんだよ。まあ、そうかも。どうしよう、警察?何て言えばいいんだろ。…困ったときの、篠原くんか。

 

6 わがやはてんぼうだい
二人して眺める下界。お洒落なチャイム。似合いの声色。ごめんね、急に。別に、ひとりだし。和菓子と抹茶に興奮。やっとで本題。…村治さんちの近く?で、あの子もたかちゃん。そ、紛らわしいの。間違えたのかも!やめてよ〜。険しい顔。ダメだ。届けるの?関わるの。だれか死ぬ。一瞬で。

 

7 こちらのこころあたり
殺人事件?さあ。心にくっきり、浮かんだだけ。爽やかなため息。届けて喋ってはいおしまい、がいいよ。虚心で見つめるタータンチェック。他人の記憶のかけらたち。洗面所。ケッペキ。空の上。夢日記。高岡さん。えっ?きみに会いたがってる、とても。話したことない。あるよ、なんべんも。

 

8 ながされてゆくからだ
見つけちゃえば?えっ、とユニゾン。居場所。だから、やばいって。呼ばれてるんでしょ。でも。証拠だけ探して、届ければいいじゃん。ひとが死ぬんだよ。もしうちらなら、逃げても意味ないよ。…浅草。何?ここにあらずな表情。門のある屋敷。すごく焦ってる。見つめあう三人。沈黙の合意。

 

9 とどけられたゆめ
おばあちゃんだ。庭木に満遍なく水をあげている。ねえ、大丈夫かな。何が。みんな。みずみずしい侘助。お前たちは、死にやしないよ…ただ。ただ?あの坊やは曲者だ。気をつけろ。井戸へゆく背中が消滅。洋館。ごめんね。高岡さん?炸裂。あ!…暗闇の天井。隣。目を覚ましているお母さん。

 

10 ゆめからのあんないにん
最後の冬休み、勝ちとった軍資金。駅集合。祖母の縄張り、下町の都へ。まかせて、庭だから。写楽でたい焼き。アンテナオンでぶら散歩。仲見世。公会堂。たぬき通り。あの猫!鋭敏に反応。ぼくの夢に、いた。面倒そうな先導。追跡開始。大丈夫?あたま?未来。わかんないよ、見てみなきゃ。

 

11 かわぞいのおやしき
振り向き振り向き、繁華なほうへ。仲見世通り、雷門から神谷バー。観光客が多くなる。交差点から吾妻橋…まではゆかずに、リバーサイドの脇道へ。ほっとひと息。マイペースな店々の先に、飛びぬけて洒脱なお家。門口の奥は、石畳のお庭。意外とちっちゃいね。見上げて、ぷいっと左様なら。

 

12 きえゆくたいりょうのだがしたち
ウォータールーギャラリー。お店か。ここに高岡さんが?いないね。…えーっと。手がかりは、あるはず。格子戸を開くと、清潔な古木の匂い。低い天井、深い奥。急な階段。大川に臨む二階席。大人な喫茶。くつろいじゃうね。下の展示も観てみてね。『暮らしによりそう器展』これだ、と直感。

 

13 さらつくりにさらわれて
白壁にチークの床。窓外は緑。ゆったりと置かれた、しずかな青磁たち。すこしもいじる余地のない配置。わからないけど、きれいだね。顔写真。上品な白髪と眼鏡。よみがえる映像。確信のアイコンタクト。何て読むの?すみたにしおん、かな。藝術家なんだ。アトリエは、青梅市御岳…。遠っ!

 

14 ひがしのはてからにしのはて
川沿いのベンチで作戦会議。あったか〜いお茶と、ホヤホヤの芋きん。どうしようか。御嶽まで、ほんとに行く?毒を食らわば骨まで。皿、でしょ。東京都横断旅行〜!明日は、空いてる?べつに、いつでも空いてますよ。左に同じ。右、でしょ。師走の川風。マイペースで横切ってゆく水上バス。

 

15 このよはうそつきだらけ
説明してくれる?何を。嘘、吐いたこと。すごく焦ってる、なんて。…悪かったよ。真相を見きわめたくてさ、どうしても。あの店が視えたのも、高岡さんが会いたがってるのも本当だよ。…一瞬の、予感も。初めての嘘、覚えてる?いや。うちらはとっくに泥まみれ。洗わなきゃ、嫌われるよ。

 

16 ぜんやのごあいさつ
明け方の湿原。枝分かれした木道が、霧の奥へと消えている。そぞろ歩き。ゆっくりと姿を変えてゆく風景。いろいろな種類のアヤメ。いろんな状態のオタマジャクシ。九万本、あるんだって。…よく逢ってるよね、忘れてた。みなしごのほほえみ。待ってるから。どうして?いっしょに、行こう。

 

17 はんにんはおまちかね
御嶽駅。きのうまで知らなかった土地。寒ざむとしたホーム。橋から見下ろす雄大な渓流。だれもいない雪化粧の河原。ほんとに、来ちゃったね。達筆な看板。石段を昇る。頷きあう。涼やかな呼出音。ツグミの鳴声。開かれる扉。顔写真よりやわらかな風貌。…いらっしゃい。お待ちしていたよ。

 

18 きみょうなだいだんえん
頼もしく燃える暖炉。ふかふかの長椅子。お待ちかねの登場。運ばれるアヤメのティーセット。…高岡さん。ごめんね、心配かけて。関係者にはわたしから、深くお詫びする。一件、落着?あっけないね。ま、無事でなにより。アトリエでも見るかい。素敵よ、小さな美術館みたいで。仕事部屋が?

 

19 ふじょうりなまくひき
整頓された、つましい創造の間。静かな緊張を刺しつらぬく予感。石になっている仲間。振り向けば、異様な夫婦。藝術家の右手に鉄の塊。認識できない現実。静止画。さやかな渓流の音。完璧に同一の口調。…いっしょに、行こう。目の高さに掲げて、潔く抜く。檜の床に、放り出す。まばゆさがぬりつぶす。

 

20 わたしたちとわたし
すこしむかしっぽい風景。かたや若返り、かたや背の伸びた二人。…婚約者。瓜ふたつ。交通事故。自分も、一瞬で。巻きぞえに?自己中〜。意味ないじゃん。ひとりで死ねよ。彼方へ遠ざかってゆく。消失。…暗い。冷たい。からだが、ある。払いのける瓦礫。むせ返る埃。いびつに切り抜かれた真冬の青空。

 

21 みえないほごしゃたち
【小学生失踪事件、不可思議な結末】《犯人の藝術家は爆死》[至近距離の子供たちは無傷]…おもいっきり、捻挫したんだけど。わたしも、ガラスで足切った。二人とも、ほんとに視えたの?うん。まっ白なひとたちが、みっしり囲んでた。甦るスローモーション。おばあちゃんも、いた。さみしげな顔で。

 

22 きんもくせいのちんもく
まっ青な大空。清潔な室内。広いね〜、うらやましい。どこかで新築工事。軽くてよかったね。わたしも、ちょっと切れたぐらい。ふかふかの絨毯。リンゴ風味の紅茶。…どうして、だったの?謹直にすすむ秒針。コートを着て、カバンをかける。由樹子ちゃん?外国語を聞いている表情。…また、逢おうね。

 

23 ごごからきたかぜ
万遍ない曇天。下町のマンション。三桁の隣は、空白の表札。蘇るいちどきりの訪問。…いるわけない、か。まったく、新年早々だもんねえ。サヨナラくらい言えよ。急だったんじゃない。なんだか大人な表情。元気ないね。べつに。わたしじゃあるまいし、もしかして悩み事?何でもない!はじめての拒絶感。

 

24 かけているさよなら
朝の郵便受けに手紙。胸さわぎ。その場で開封。桜色の便箋。わたしとは真逆なかわいいフォント。上下左右の等しいスペース。マッキーの線の、微妙なふるえ。一から十まで納得できない、寝耳に水のメッセージ。中学から京都へ引っ越すことになりました。どうしても、言い出せなくて。ごめんね。村治貴子

 

25 いつかのよりどころ
小川のほとり。きょうも、未明に聴いている。闇にほどかれてゆく最後の一音。拍手は、いらない。おとなしく窄まってゆくほの暗い紫のラッパ、つれないみなしごの冬支度。吹きそうになる、あの時の季節風。還ろう。あしたもひとりで、別れにこよう。そのためにまた、生きてゆく。半分しかない脳味噌で。

 
 
 

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