issues.jp

9 The Creators

Abstract

 

ままにならない芝居なら、描きなおすか、退場するかだ。

 

1920年代の英国。
後の世にモダニズム文学の旗手と
称されることになる作家、
ジョルジーナ・ワトソンは、
静謐な環境を求めてノッティンガムの湖畔へ
移り住んだものの、
精神に深く根をおろしている憂鬱症からは
逃れることができなかった。

近郊にアトリエをもつ友人の画家・ルイスの
モデルをつとめたある日、
ロンドンでの芝居見物に誘われる。

黄昏どきの劇場。
沈みがちのまま、舞い戻った大都会。
凡庸きわまる導入部のあと、舞台袖からあらわれた
青年とみまごう女優・ジーンを目にした瞬間、
よどんだ灰色の靄は、あとかたもなく消し飛んだ。

楽屋にての、初顔合わせ。
年齢が近いこともあり意気投合した三人は、
親しく交際をはじめるのだが…。

物書きと絵描きと俳優。
神秘にとり憑かれた三人のCreatorたちの織りなす
芸術と人生、劇場と幻像とをめぐる、
ブリティッシュメタロマンス。

 

Fragments

 

1 The Beginning at the End
ぽつねんと安楽椅子。瀟洒な刺繍をめでる。腰かける。しぼむように消灯。映写機が回る。懐かしい色の映像。無音。英国らしい庭園を我がもの顔に歩く少女。画面が細胞分裂。家族の団欒、退屈な茶会、夜更けの執筆、部屋いっぱいに増殖してゆく。最後に、膝上。瞬きをしない、仰向けの顔。

 

2 The Melancholy
格子の額縁におさまった、年中無休の風景画。河のむこうのロビンの森が、濃藍のインクに浸されてゆく。書かなきゃ。Yes, come in. どうしたの、コリー?ポートがなければ、スコッチ。メロンはあるわね。酒の精にも棄てられた、か。気づけば、写真機の底。書かなきゃ。洋燈に、手を伸ばす。

 

3 The Midnight Inspiration
揺り椅子にもたれて、万年筆を弄ぶ。浮かんでは沈みゆく断片。情景はある。切り出すための言葉が、ない。無心に先端を舐める。木板をこつこつ。童心に還るとりとめのない落書。喫煙。橙色の灯り。陶皿の上の発掘現場。Poppy. 「ひなげしは自分で買いに行こう、と思った。」自動書記の開始。

 

4 The Awakening
Phantasmagoria. 病的覚醒。翔けめぐる情景。もどかしい右手。鮮明な筆跡。きめ細やかな紫煙。ともかく漏れなく書け、書け、書け。なにかを奏でる最後の象徴、かすれも構わず綴りきる。放りだして、脱力。充実感と空虚感。明けそめている現実。消灯している洋燈。ベルを押す。一日の終幕。

 

5 The Undead Model
よく不動でいられるね。ぼくはモデルなんて絶対無理。It’s so easy. 肉體を棄てるのよ。人形になる?ちがう。死ぬの。それって…。お喋りしながら描けるわけ?きみも小説の素描は、気楽にやるだろ。今から精魂こめてたら、終いにはそれこそ藻抜けの殻だ。プロね。至高のアマになりたいよ。

 

6 The Afternoon Tea
とり交す炎。宙にほどかれる煙。ミルクティー。気怠い弛緩。どう、長編は?床に散乱する反古の横顔。丸め潰しては、放り投げる。楽しめよ。I’m not you. 損な性格。物書きってそんなものよ。芝居の切符があるんだ、行かない?行かない。当てつけるなって。人様の真剣勝負を、高みの見物だ。

 

7 The Urban Theatre after Sunset
夜のとばりを吸いとる都会の喧騒。上層から見下ろす不快なざわめき。寛容に佇む深紅の緞帳。おごそかに開幕するお馴染みの悲劇。台詞のような台詞。転換。陰鬱な靄を吹き飛ばすロミオ。奪いとるオペラグラス。Male or female?きみはどう思う。女。決まってる。観察の結果?それとも、直感?

 

8 The Encounter
暗闇をつらぬいて響く、生気に満ちた文言。清々しくきしむ舞台。形容を受けつけない身体。衣装とは思えない衣装。目くるめくようなReality。それなのに、「彼」は、「現実」には、存在しない。わたしが、軽い。わたしは、息をしている。終幕。開かれる、楽屋への扉。青い目と、目が合った。

 

9 The First Conversation
化粧鏡ごしの会話。味のない煙草。ルイスさんとは?腐れ縁。ご職業はお持ちなの。I’m a writer. 何の?…うろんな物語、とか。小説?かもね。背中への凝視。ジョルジーナ・ワトソン…そうか、あなた、流行作家の!わたしが?勿論。人気なんて、すぐに消し飛ぶ。そこからが、始まりなのよ。

 

10 The Intruder
一生、浮かばれない作家もいるわ。浮かばれたくなかった。じゃあ、生活は?ティールームでもやる。爽やかな笑い声。…ごめんなさい。兎も角、考えすぎないことよ。A writer who doesn’t think? それ、気に入った。葡萄酒はいかが。何でも。/あれ、お邪魔かな?危うく口にしかけるイエス。

 

11 The Gender Matters
因果だね、役者って。どんな仕事も同じよ。異性を演じる気分はどう。その台詞、お返しします。なぜ。あなたも、女を演じてるから。ぼくが?彼女を描くことを通じて。成る程、言い得て妙だね。大先生に伺ってみましょうよ。ジョージ、きみは何を演じてる?Myself. 口から出るに任せた言葉。

 

12 The Breakfast Table
旅先のまばゆい朝。署名をお願いできまして?勿論。お名前は?光栄ですわ。To the Riverheadが好きです。ややこしいものを、よくお読み頂いて。困惑こそ文芸の醍醐味ですから。どうぞ、お付合い下さい。ため息と煙。流石は時のひと。お早う、先生。やめて、まっぴらよ。役者と画家の着席。

 

13 The Lakeside Getaway
腸詰め。焼けたベーコン。紅茶だけで結構。なんだよ、拗ねてるの?絶好の季節の Lake District を――満喫、してる。體を軽くして、風光に溶けこみたいの。尊重しましょうよ、作家の流儀を。カップの冴えた音色。さてと、本日の予定は?うさぎさんの故郷で、写生大会はいかが。わるくないね。

 

14 The Painters
白い紙に、線を引く。林と泉との境。円滑に、精確に、捉えられてゆく風景の輪郭。色を塗る。優しく重ねられてゆく、青や緑の透明な色彩。お隣はまあ、それなり。没頭すると、癒されるわよ。観ていれば充分、書くこと以外は。退屈なら、昼寝したら?I’ll fall down the rabbit hole, then.

 

15 The Poets
Romantic poetの旧居で詩作ごっこ。郭公が神秘的、か。寝惚けちゃいそう、夜鶯と比べたら。…さすが。対象を昇華させつつ、美事な韻を踏むなんて。ぼくも絵のために、言葉を深めたいよ。あ〜あ、からっきし駄目。どうした、名俳優?台本のあるほうが安心だわ。自分の詩なんて、冗談みたい。

 

16 The Actors
移ろいゆく湖上のパノラマ。観客ゼロの三人芝居。Arise, fair sun, and kill the envious moon! …駄目だ、吹き出しちまう。羞恥心は敵!自分の声が嫌なんだ、だから絵を描く。肉體で勝負するきみには敵わん。作家さんは、なかなかね。張りぼてよ。でもたまには大袈裟もいいな、骨休めに。

 

17 The Romantic Tryst
またもや暮れなずむ湖畔。さっさと黒く、塗り潰されろ。飽きた。詩心に。あいまいな商売道具に。意識の流れを論理的に再構成?結局つぎはぎ、辻褄あわせだ。降りてくる気配。なぜだか體は、中国趣味の屏風の翳へ。むきだしの恋情。言葉を忘れている二人。…Congratulations. 除け者の自嘲。

 

18 The Silhouettes
憚らない見つめ合い。渾身の熱演。孤独な観客。聴きとれはしない台詞。後ろ手の消灯。緩慢に、滑らかに、変容してゆく翳絵。触れ合わされる言葉の出口。完成をみる、一つのかたち。永すぎる沈黙。わたしは、観ている。わたしは、息をしている。目くるめくようなReality。どこ吹く風の自然。

 

19 The Discussion
眩ゆい深緑のハイドパーク。同じベンチ。同じ構図。風景が様変わりしたね。ええ、夢のように。そしてまた、元へと還る。It’s not the same. 同様だとも。閉じられた高貴なる円環を保持し、粛々と伝承する。我々の宿命だ。我々?いささか先走ったかな。時間は充分に与えた。回答を、お聞かせ願おうか。

 

20 The Refusal
イエスかノーかとのお尋ねなら、ノーです。水鳥の羽ばたき。映画のようにはしゃぐ子供たち。たしなめる両親。…理解に苦しむ、と言わざるを得んな。清流から敢えて遠ざかろうというのか。そもそも誰もが、independentなはず。血統など、最初から無いのではありませんか。コマドリの囀り。…左様なら。

 

21 The Orphan
晴れて名なしの権兵衛、か。大したことじゃない。I’ll soon be history. 追風と軽快な肉體、夢遊病者の買物、夜更けの祝杯。滑らかな紫煙。硝子を叩く強風。突発する憤懣。書かなきゃ。超越的集中力。苛だたしい、か細い筆先。適確な微調整、冷徹な純化。暁の脱稿。空っぽだ。自然に呑みこまれる深淵。

 

22 The Morning River
明け方の湿原。枝分かれした木道が、霧の奥へと消えている。咲き乱れる種々のアイリス。…また、あなたね。指し示す光源。いっしょに、行こう。まばゆい窓辺。長い翳。It’s time to end my dream. 手紙にインク瓶を置く。醒めないうちに、爽やかに。朝鳥を驚かす、性急な夢遊病者。聞こえ始める流れ。

 

23 The Climax
新鮮なきらめき。たゆとう水草。献花は、謝絶。オフィーリアは御免だ。冷たい。退場する。異世界へ。物質へと還る。浸透してゆく。それだけ。あと、半身。ジョージ!痙攣。今行く!Leave me alone, or I’ll kill you! 死んだら殺せないでしょ。動くな!俳優声の命令。接近する救世主。後方からの抱擁。

 

24 The Confession
ようやく体験される温もり。What’s wrong? …何も。なら、なぜ。疲れたの。泥のように眠ればいいでしょ。眠りに就きたいのよ。とこしえに。右肩に載せられる顎。鼓膜をくすぐる囁き。証明できる?何を。死んだら、楽になるって。穏やかな流れ。真っ暗闇の、牢獄かもよ。快活な囀り。…上がりましょう。

 

25 The End of the Beginning
途切れてしまったフィルム。空転するリール。何者かによる映写機の停止。おし黙る暗闇。お人形の首と、二人きり。絹糸の髪を梳いてやる。聞き覚えのある少女の声色。続きはあなたが書くの。なぜ?わたしは、無理だったから。だから、なぜわたし?約束したじゃない。…題名は?Tale of a Burnt Crystal.

 
 
 

© 2024 issues.jp . All Rights Reserved.