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5はい、カット!

Abstract

 
 

タイトルのとおり、映画の撮影風景をイメージしています。
第1話のような夢を、じっさいに淺川が見たことから着想したのだとか。

どのシーンも主役は当人であり、おなじみの有名俳優たちと共演しています。
キャスティングの基準は「味わい深いな、と思うひと」だそうです。

作家は執筆するさい、イマジネーションの中において
自作の登場人物たちを演じているものなのかも知れません。
すなわちここには、淺川瑠未の演技哲学が表れているとか、いないとか。

 

Fragments

 

1 どどめちゃん
朝の食卓。硝子のティーポットは水草の世界。長い尾の子が一匹、泳いでいる。おどろいて父をみると、長塚京三だ。母は、小林聡美だ。あんたが飼いたいって言ったんでしょうが。そうでした。名前、どうしよう。色にちなんで「どどめちゃん」とか?クルン、と熱帯魚が反転。はい、カット!

 

2 インサイド・アウト
昼も夜もない地下水路。弾む厳冬の息。右。左。左。右。まかなきゃ。死ねない、明日の決闘までは。内向的な視界の足元にいきなりバナナの皮。<<<ア!>>>大反響。痛〜。息を整え、のろのろ起きる。角の闇からあらわれる、眉根を寄せたトム・ハンクス。銃口。ひそやかな水流。はい、カット!

 

3 虚空の覇者
乱戦もたけなわ。雑魚は論外、名のある者しか意味はない。馬上で眺めるひとだかりの焦点、紅の甲冑。バック転。白刃どり。刀や槍をとっかえひっかえ。若かりし、真田広之。殺すに忍びぬ、生かして捕らえよ。目が合う。遠距離から高速飛来の刃、籠手で受け取る、黒蝶の小柄。はい、カット!

 

4 水鏡ものがたり
泉水に浮かぶ座敷。いと長き黒髪に、べっ甲の櫛を入れている。コシが強くて、梳いたはしからみるみる伸びてゆくみたい。お前には、苦労をかけますね。何を仰られますやら。姫とは、一蓮托生でございます。ちらと向ける横顔。薫風に震えるみなも。まなじりを決する京マチ子。はい、カット!

 

5 メランコリー・ビヨンド
沖縄のスコール。ガジュマルの下の雨宿り。派手な涙雨ですね。こりゃ、縁起がいいや。引きつれた笑みの北野武。やわらかになり、まばゆい陽射し。じゃ、元気でね。離れゆく背中に狙いを定め、撃鉄を起こす。歩みが止まる。了解している沈黙。湿り気を帯びた銃声。蝉しぐれ。はい、カット!

 

6 サイレンス・オブ・ザ・マスク
あらゆるカーテンの閉ざされた館。闇を切り裂く二本の光。つかのま目覚めては眠りこむインテリア。荘重な正面階段。百年前の壁紙。錆びた金の把手。手分けする?死なば諸共よ。目の笑わないジョディ・フォスター。廊下の隅。暗視ゴーグルに囚われた二人。表される歓迎の意。はい、カット!

 

7 はじまりの部屋で
四代受け継がれた書斎。初秋の日射し。開いた本を無造作にもって、左はポッケに突っ込んで。歩みに応じてきしむ床。演技を感じさせない声色。しめやかに幕を閉じる、再会の場面。…起きてるか?もちろん。子守唄に最適だって言われるよ。苦笑するロビン・ウィリアムズ。御茶を淹れます。はい、カット!

 

8 ザ・シスターズ
夕陽を浴びた庭園。秋桜の前で、堂々めぐりの物思いに耽る。静かな、頼もしい、背後からの足音。隣に長く伸びてゆく、優美なシルエット。シームレスな黒い靴、黒いコート、黒い手袋のニコール・キッドマン。逆光に輝く、ブロンドの輪郭。…わたしの所為かな。ええ。向き合えばいいのよ。はい、カット!

 

9 ロード・トゥ・ジ・アザーサイド
朝のひかり。白銀の世界。凍てた街路樹。くっきりと押されてゆく二つの足跡。遍満している静けさ。歩みが止まる。わたしも止める。白いため息。わたしも物真似。微笑んで、かがみこむ。見つめ合う青い瞳と瞳。…さよなら?さよなら、だ。叩かれる両肩。独りで旅立つポール・ニューマン。はい、カット!

 

10 冬立ちぬ
東京五輪を控えた下町。青白く燃ゆる天空の塔。ふわふわ根を張る水族館。月光の海月。極光のペンギン。大人になりたい小学生。どこ?サメの後ろ…ほら、笑った。妖艶なぬし。はい、カット!…変、ですかね。奇妙じゃなければモダンじゃないよ。静かに見守る成瀬巳喜男。そのまま、素直にやりなさい。

 
 
 

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