§4-3 橋口五葉 ― 文系のロマン、理系のロマン
展覧会名:『大浮世絵展』
会場:江戸東京博物館
会期:2014年1月2日〜3月2日
《化粧の女》とおなじく、私家版として晩年に制作された。いわゆる大正新版画の特質がよく表れている。川瀬巴水の諸作とともに、スティーブ・ジョブズのコレクションとしても知られる。
江戸東京博物館ほか所蔵。
…ああ。たしかに江戸時代の浮世絵よりも、今風に見えるな。顔もほっそりしていて、親しみやすいね。
そう、いいこと言った。親しみやすい。
西洋発祥の美意識に浸っている現代のわたしたちには、典型的な浮世絵よりも、すんなり受けいれやすいんだよね。
あの有名な歌舞伎役者のやつ、あるじゃん?挙動不審なひとみたいな。どこがいいのか解らないんだけど。
写楽の大首絵かな?あれはあれですごいんだよ、大胆さと繊細さが同居していて。――ともあれ、わたしがまず惹きつけられたのは、髪の毛の表現。
細かいわ〜。一本一本、毛先まで神経が通っているみたい。
そういえば髪をとかしている雰囲気が、西洋の女性みたいだね。
おっ、鋭い。じつはこれ、英国人画家ロセッティの、「レディ・リリス」っていう油絵が元ネタらしい。ちょうど左右を反転させた構図になっている。
なるほど。映画監督が過去の名作とおなじ演出で撮ってオマージュをささげるみたいな手法と、似たようなことをやってたわけだ。
そういうこと。アニメや漫画なんかもそうだけど、他作品からの影響に気づけると、相乗効果でいっそう面白くなるよね。他には何かある?
手なんかも写実的だよね。あとは…着物の柄が細かい、ぐらいかなあ。
画像だと細部に気づきにくいしねえ。
たとえば、両目の下。うっすら桃色の隈があるでしょ?
それと実物は背景が銀色で、人物もふくめて、雲母刷りになっていた。ラメラメってこと。
ふうん、やっぱり画像を見てるだけじゃダメだね。
この二つを意識したとき、わたしはこの作品の秘めたる物語性と、作家のたくらみが視えた気がした。――つまりですね、このひとは恋人と大ゲンカして、傘もささずに泣き濡れて帰ってきて、湯浴みをするのも忘れて、放心状態で髪を梳いているところなわけ。
おお〜。
伝統的な浮世絵の様式を受け継ぎつつも、じつは西洋式リアリズムをも踏まえた表現に仕上がっている。このさりげなさが絶妙なんだよね。状態も摺りたてみたいで最高だったし、お持ち帰りしたかった〜。
和風に洋風をどう取り入れるかについては、わたしたちよりも自覚的、かつ慎重だったんだろうね。
まだ両者がクッキリ分かれてる感じ。
そう、だからわたしは、この時代が好きなんだ。
こういう渋い伝統があるんなら、日本のアートやデザイン方面にも、雲母をじゃんじゃん活用すればいいのにね。
ん。その言い草だと、一般的にも使われてるの?
もちろん、半田ごての絶縁体とか。装飾目的としても、車の塗料とか、口紅だってそうでしょ。
やっぱり鉱物って、ロマンがあるねえ。鉱物研究者の知り合いはいないの?
いるよ。会ってみる?
つねにどこかの渓谷で、採掘してる感じ?
まあ、フィールドワークの時なんかはね。
こないだは、北海道へ砂金を採りに行ってたよ。
いいな〜、楽しそう。レアな水草なんかは、お金にならないの?
ものによっては、高いよ。一株数万円するやつもある。
じゃあそれを採取してきて、売りさばけばいいじゃん。
国産のはそれほど高値はつかないし、べつに金儲けがしたいわけじゃない。そういう方向に時間と労力を費やしても、ロクなことないって。
でも非合法な草を育てるよりは、よっぽど健全じゃない?
なるほど!って、何言わすんだよ…。
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