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8 ギャラリー望月は出張中

Abstract

 

アートも祭りも人生も、浮き世のあいだのおなぐさみ。

 

裏原宿のさらに裏、見すごしそうな路地の奥。
煉瓦づくりの廃屋へホワイトキューブをはめこんだ
イマドキ現代美術ギャラリー、ギャラリー望月。

雪まつり、行きません?
商売っ気ゼロのお嬢様ギャラリスト・望月由紀子に
誘われておとずれた、真冬の北海道。
まずはパブリックアートの公開イベントのために、函館へ。

由紀子の差配で来日した英国人アーティスト、
ジュリア・ワトソンと対面したわたしは、
ふしぎな親密感を覚える。

「ひとと場の記憶」をテーマに表現活動をおこなう
彼女と交流するうちに、国境や世代を超えた、
思いがけない因縁模様が明らかになってゆく…。

歴史あるきびしい風土で催される、
かりそめのフェスティバル。
消費や表現を通じてささやかな縁を結ぶ、
能天気なエイリアンたち。

旅人目線の白銀の世界にて展開する、
アーティスティック異文化コメディ。

 

Fragments

 

1 白昼のラビリンス
また迷子、か。昼下がりの表参道からキャットストリート。カオスな熱気をすりぬけ登坂。北欧ショップで左折。ほどなく右折。ゆるゆる登ってまた右折。さて、迷路。静かな異界を行きつ戻りつ、やっとこ看板、細い路地。廃屋で育むほやほやアート、古煉瓦が孕む硝子箱、ギャラリー望月。…何、あの霧。

 

2 無人のサイネージ
お邪魔しま〜す。デスクはからっぽ、筆ペンで署名。扉の先には、しめやかな濃霧。とっぷり暮れてゆく冬の日。ひそかに鳴りだす環境音楽。あちこちで目を覚ますスクリーンたち。中心に根を張る、文豪の回転椅子。それぞれ始まる、無声のダイジェスト。貴族な気分で傍観するのは、懐かしい人様の走馬灯。

 

3 霧中のプレゼンテーション
終幕。ロンドンの月夜。彼方からやってくる靴音。「…霧とは何か。気まぐれに出没する境界?水神の偵察部隊?いや、そもそも我々がたえず呼吸している物質こそが、肉體と不可視界との絶ちがたい絆をあらわす決定的物証に他ならない…」顔を合わせるゲストとホスト。…メガネ、曇ってるね。ほっとけ。

 

4 再燃のメモリーズ
お久しぶりで〜す。俳優から朋友へ。黒いねえ。接客モードなもので。直に体験したくてさ。写真じゃ解んないよね、ジュリア・ワトソン作品は。英国人でしょ、テーマはたしか、ひとと場の記憶。流石は浮世ばなれ日本代表。君にだけは言われたくないね。心の欲から體の欲へ。…今晩、一杯?行きますか!

 

5 因縁のインビテーション
おでんには麦酒やね〜。葡萄酒、飲まないの?なにそれ。いや、べつに。…そうだ、瑠未さんロンドンにいたんですよね?うん。通訳してよ。ユッキーの?もう大分怪しいけど…。できる範囲でいいから。ジュリアが、さっぽろ雪まつりに来るんです。交通費と宿代は持ちますよ。舟は帆任せ帆は風任せ、か。

 

6 雪国のシンボリズム
仕事は函館なんで、ついでに。公私混同ばんざい!五稜郭を舞台に、パブリックアートをやるんです。豪気だね。彼女の作品では最大規模かな、建物は使わないんだけど。どんなの?小悪魔の含み笑い。言わんかい。自称 snow woman だし、天も味方してくれるはず。ヒント、プリーズ。指さすラベルの赤い星。

 

7 日本のミュータント
モダンな駅舎で落ち合う英人。神秘的な親近感。目が青いのね、西洋の血筋?いえ、その。She is a mutant. A what!? ちょっと!正直が一番。Fantastic! えっ?夢があるわ。はあ、どうも。こちら、通訳の蝦名さん。そろったね、四人。What would you like to eat? Well, Ramen? チャレンジャーやな…。

 

8 拉麺のパラダイス
プロの方、いるじゃん。もちろん、プレス向けにね。連れてきてくれて、ありがと。べつに、面白そうだしね。プライベートで通訳して下さいよ、ジュリアと語りたいから。OK!/海老味噌ラーメン、おまちどうさま。What the hell…! Wonderful, isn’t it? ロンドンのアレは、何なの?氷山の先っぽ…かな。

 

9 函館のペンタグラム
潔くなる寒気。予兆をはらむ曇天。雪合戦で道草。地元民の微苦笑。ただあるがままの五稜郭。あちらこちらで撮影大会。凍てついた時の三途の川か、はたまた祝いの毛氈か。Wow…! Is this your artwork? No. I’m just a messenger. 鳳凰と化して、天翔けてみる。おおい尽くした雪化粧、切り裂いた赤星。

 

10 黒衣のスノーウーマン
観客を待っている広場。ちらついてきたね。始まるころに、積もり初めじゃない?さすが、英国の雪をんな。奉行所の前に設えた演壇。おおきな粒の、函館の雪。クリアなBritish English。呼吸を合わせる、こなれた解釈。本番、傘は必要?No, thanks. You are so relaxed. Of course. Snow is my soulmate.

 

11 抽象のヒストリー
昼さがりの大盛況。念いりに教えた、つかみのJapanese. どうも、雪をんなで〜す。静寂からの爆笑。舞台裏はhigh five. 日本の雪国を訪問できて幸せです。しかしこの土地にも、血の歴史がある。明治初頭の悲劇を蘇らせ、みなさんの現実の記憶にして頂こうという試みです。コートの肩に降り積もる羽毛。

 

12 共有のエクスペリエンス
わたしの高祖母は19世紀生まれの作家、ジョルジーナ・ワトソン。もちろん会ったことはないけれど、書物を紐解けば、いつでも親しく語りかけてくる。時間の堆積に埋もれてしまったいかなる過去も、我々の「いま」の源になっている。そのことを想起して頂く機会になれば幸いです。Thank you. 拍手喝采。

 

13 札幌のフェスティバル
では、ここで。お疲れ様でした〜。消費活動、よろしくね。了解!高い青空にきらめく白銀、生きていることの明白な吐息。白、白、白、白、雪まつりぃ〜!腹が減っては戦ができぬ、屋台を襲撃、シェア作戦。唐黍、蟹焼、帆立汁。ついでに塩辛じゃがバター。〆にはお汁粉とポタージュ。余は満足じゃ…。

 

14 隔世のノベリスト
検索画面にずらり、高名な横顔。Profile of Georgina Watson, 1927. 肖像画は portrait じゃないの?横顔、って意味もある。Side viewが、プロフィールなのか。にわかに憂鬱なふりの玄孫。似てる〜!小説家のひいひいお祖母さんかぁ。Rumi is a novelist, too. Wow…! ちょっと!営業努力、大事だよ。

 

15 雪洞のコンテンポラリーアート
淹れたて珈琲。とろとろ甘酒。焼けそなスパイシーホットワイン。雪像、でかっ。スノーボード、うまっ。お、かまくらギャラリーだって。…Purikura に inspiration をえた、装いと内面との関係性がテーマの作品。入ってみない?Why not? 溶けゆくさだめのかりそめの小屋。今どきプラズマディスプレイ。

 

16 幻影のコスチュームプレイ
浮世ばなれしたギャラリスト。わたしは、雪の精です。はあ。御説明いたします。She is a snow spirit. Oh, I see. 撮影後、タッチパネルで着せ替え遊び。オフィーリア。花魁。ウィッチ。くノ一。馬子にも衣装だね。What? The tailor makes the woman. Sure, your exterior can suggest your interior.

 

17 雑談のインスピレーション
避難したカフェで作戦会議。凍えた両手を温めるマグ。あ〜、極楽。明日はどうする?美術館でしょ、もちろん。テーブルに散らばった戦利品。…これ。【モダニズム絵画の復権】釘づけにされる呼び物の図版。「ジョルジーナ・ワトソンの肖像(1927)」視線を浴びせられる子孫。…Well, I think I knew it.

 

18 入神のディスクリプション
モダンな額に入れられてずらり。渦巻く個人の内面の、翻訳としての十三の変奏。色褪せていない直観の記憶。周囲と裏腹、静的な表情。脚の消えている安楽椅子。瓜ふたつな横顔。実物は初めて?うん。素描っぽいけど、いい雰囲気。完成品よ。えっ?For fragile reality, watercolour is the best medium.

 

19 酩酊のアイリッシュパブ
イベント大成功を祝して、かんぱ〜い!…いやぁ、沁みるねぇ。しみるねぇ。ハハハ、うまいうまい。What’s that? Well…‘soul-refreshing.’ 日本人って、魂を自然に語るのね。英国人もでしょ。でも、より瞑想的な気がする。性格が?ミステリアスよね、文化的にも。腹黒いぞ〜。それは本人次第でしょ。

 

20 類友のソウルメイト
…まあね。まあね。You are so talented! モノマネは得意なの。己が無くなりそうで、怖くない?べつに。借りものだもの、言葉も、體も。お待たせしました。きた〜、デラックスディナー!たんと喰べて大きくなりな。ほっとけ。借りてるからこそ、労わらなきゃね。赤裸々なたましいの交歓、お別れの宴。

 

21 越境のグループチャット
風のない冬晴れに昼酒、有り難や、有り難や。札幌は今日も降雪か…。ジュリア、UKに着いたかな。そもそもさ、ジョルジーナ・ワトソン、好きなの?もちろん。いささか形容過多ですけどね。ふ〜ん。するするフリック、ポン!と通知。(Rumi says Georgina’s novel is boring cuz it’s too long) おいっ!

 

22 隣人のトゥルーライズ
(forget it. she’s a LIAR!) (totally agree) へっ?(ディープでダークなうねうね思考なんて、うんざりするわ) キョトンと、お見合い。(i feel Yukiko’s telling the truth) (what kind of truth?) (yr hidden truth, Rumi) …なんか、悪かったかな。ううん。のらりくらりしてるのはわたしの方、か。

 

23 喧噪のキャットストリート
言葉って、難しいな。さすが先生、繊細ですな。うえ〜。それ、禁句ね。嫌なの?だって教えてないし、偉くもないし。おめかしカップル、観光客、外人、暇人、宇宙人。住民しらずの往来。このあと、どっか行くんですか?うん。渋谷まで歩こうかな、ひさびさに。変わりませんよ。…じゃ、ここで。See ya!

 

24 達観のエイリアン
やる気満々の旗艦店。サングラス率の高いカフェ。わたしを見てよのモデルさん。あれほど目くるめいていた水景、いまでは分厚い硝子ごし。静かだな…。完全防備のオニカサゴ。ギロリと目の合うタイガーシャーク。わたしはさしずめ、チョウチンアンコウ。あなたはあなた、わたしはわたし、世界は大海。

 

25 交錯のアナザーディメンション
すれ違うための交差点。いずこへ急ぐや会社員。構図にこだわる外国人。わが世の春かな高校生。いずれも見事な渋谷人。わたしは自然とエイリアン。ハチ公だったら、馬が合う。…やば、赤になる。じわじわ煽るな、せっかちタクシー。狼に牙をむかせるな。十五時か。神保町で、ピント合わせといきますか。

 
 
 

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