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2 お独りさま、御来店です。

Abstract

 
 

この世の人間の宿命である「喰べること」は、
『みぎわの夢十夜』をつらぬく重要なテーマのひとつ。

メインストーリーでは描ききれない部分を
補完するための本シリーズ。
ここでは、それぞれのお話に登場する飲食シーンの
発想源となったお店の描写をおこなっています。

『孤独のグルメ』よろしく、
取材にいった淺川が脳内妄想全開で
堪能している様子を、ご想像いただければ。

すべての店名を当てられたひとには
彼女がおごってくれるとか、くれないとか。

 

Fragments

 

1 いつもたのしみ瓦版(神保町にて)
おうちのランプの灯る席。いちおう見るけど結局は、カレードリアとホットワイン。チョコかナッツか野菜もの、気分でチョイスするお通し。渋い甘みにほぐされて、一心に書き綴る。木壁の関所を破って目の前を流れてゆくお隣からの白煙。しまった。陶器の蓋をとる。またチーズ、固まってる。

 

2 こびとのビストロ(関内にて)
こびとの国でお誕生会。カクテル、バゲット、マリネにソテー、どれもこれもがミニサイズ。美味しさの髄の凝縮された、口腔でひらく水中花。ダイヤのおちょこで葡萄酒を、一気の連続、十杯目。読めない珍味の連続に、ケーキの頃には舌がばか。とどめには、屏風に嵌まったカラフルマカロン。

 

3 極寒のオアシス(札幌にて)
こすり合せる凍えた掌。肺に沁み入ってくる冷気。旅先で見つけた、旅がテーマのブックカフェ。5階のふつうのドアの先、明るく広がる図書館空間。ようやくありつく珈琲と、クリームブリュレの焦げ茶の氷。ソファに沈み、プーケット本で夢を見る。借りて帰れる?でも東京までは駄目ですよね。

 

4 おとなのひみつきち(浅草にて)
大川のほとり。孤軍奮闘、花街の名残り。むかしは歌い手、いまは骨董の住まう家。薄暗い明りのしめやかさ。低い天井の親密さ。昼間は小粋な喫茶室、夜間はシックなバータイム。お大尽どもが夢のあと、ひっそり継がれた談笑の炎。場の雰囲気で味って変わる?味は変わらん、あなたが変わる。

 

5 放心日和は、蕎麦日和。(小岩にて)
蔵前・浅草・御茶ノ水まで、ゆきつく流れをひと曲がりした、下町の路地の蕪村の住まい。天せいろなら、お先に天麩羅、〆に蕎麦。熱燗ならば、塩を舐め舐め手酌酒。ぶっといお蕎麦にすっぱい蕎麦湯。孤独な高ぶり醸すには、柴錬あたりがうってつけ。小雨のそぼ降る平らな夜に、ふらりと入れば剣客気分。

 

6 朝食なんて常食(奈良にて)
せめて朝だけはVIP。鹿の楽園の池の端、和洋折衷のれい明期。格子天井にシャンデリア、緑のむこうは五重塔。何の変哲もないようだけれど調度も料理も、ミニマルの極み。燕脂に映える白磁と銀器。紡錘オムレツ、三角トースト、あたう限りの線対称。今年でぴったり百十歳、かくしゃくたるかな檜の賓館。

 

7 Western Oasis within Eastern Chaos(渋谷にて)
薄っぺらいBGMのいがみ合い。チープな店がぎゅうぎゅう詰めの雑居ビル。混沌の巷に脇目もふらず、手招きハチの見つめる先へ。モザイクタイルのレトロビル、扉の向こうはロンドン気分。琥珀のエールのちいさなヘッド、ピクチャレスクなポテト岩山に本場ビネガーの雨が降る。エイリアン達の、憩いの泉。

 

8 隔世(淡路町にて)
炎の海から免れた、あんこう鍋屋の真向かいの、昭和の初めの和建築。暖簾をくぐり、ガラガラ開く。いらっしゃいましのお爺さん。お孫さんかなの女学生。油を売ってる女性社員。夢想にいそしむ男性社員。闇に抱かれた菜の花と小豆、孤独と卍のハーモニー。鸚緑のお茶をひと啜り、お次はお月見日和かな。

 

9 ド暇なときなどあるのか知らん(銀座にて)
目抜き通りに余裕で佇む椿カラーのビルヂング。ピカピカ金色サインの落とす演出された長い影。円やかな珈琲カップも椿の変奏、上品に剥げた金縁。周りは、季節のパフェ。わたしは結局、フルーツサンド。サクサク!ジューシー!フレッシュ!スイート!味覚のカラフルハーモニー。いやはや、妥当だなあ。

 

10 The Lake District in Tokyo(浜田山にて)
ノッティングヒルのスモールティールーム。直輸入の壁紙に掛けられた、英国の記憶たち。使いこまれた木のテーブルと、華やかなカップ。焼け焦げたユニオンフラッグコースター。待ちかねたスティッキートフィープディング。鳴り響くドアベル、残念、また今度。timelyなひとびとの浸る、懐旧のひととき。

 
 
 

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